| 生年月日 | 1991年11月23日(34歳) |
|---|---|
| 身長 | 176cm |
| 体重 | 112kg |
| 血液型 | A型 |
| 出身地 | 沖縄県 |
| 経歴 | 中部商高 - 富士大 - 西武14年〜23年 - ソフトバンク24年〜 |
| ドラフト | 2013年2位西武 |
| タイトル | MVP(18年)、最多本塁打(18年、19年、22年、24年)、最多打点(22年、24年)、ベストナイン(18年、19年、22年、24年)、ゴールデングラブ(24年) |
| 今季年俸 | 4億5000万円 |
| 選手紹介 | 山川穂高(やまかわ・ほたか)は、中部商高、富士大を経て、2013年ドラフト2位で西武に入団。1年目の14年、6月21日のDeNA戦(横浜)でプロ初打席本塁打を記録した。16年は49試合で14本塁打、17年は78試合で23本塁打を放つなど長打力を発揮。同年終盤から四番に定着すると、18年は開幕から四番を務め、47本塁打で本塁打王、ベストナイン、MVPを獲得した。19年も四番としてチームをけん引し、リーグ連覇と2年連続本塁打王に貢献。20年は右足首捻挫の影響もあり、規定打席到達者中ワーストの打率.205、24本塁打、73打点と低迷した。21年も左ハムストリングス肉離れで戦線離脱し、不振が続いたが、22年は3年ぶりの本塁打王と自身初の打点王を獲得した。23年は不祥事の影響もあり17試合出場にとどまり、オフにFA権を行使してソフトバンクへ移籍。新天地1年目は好不調の波がありながらも不動の四番として本塁打王を獲得した。25年は移籍後初の四番剥奪と二軍降格を経験した一方、日本シリーズではシリーズタイ記録となる3試合連続本塁打を放ちMVPを獲得した。 |