内野手 | 右投右打
生年月日 | 1988年7月23日 |
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身長 | 181cm |
体重 | 90kg |
血液型 | O型 |
出身地 | 神奈川県 |
経歴 | 横浜高[甲] - 中日07年〜23年 |
指導経歴 | 中日24年〜(二軍打撃コーチ) |
ドラフト | 2006年高校生3位中日 |
選手寸評 | 福田永将(ふくだ・のぶまさ)は、横浜高で2学年上の涌井秀章とバッテリーを組むなど活躍。高校通算49本塁打を放ち、世代屈指のスラッガーとして06年高校生ドラフト3巡目で中日に入団。なかなか一軍に定着できず、捕手から内野手への転向を経ながら、14年までは通算107試合出場にとどまる。迎えた15年はオープン戦4本塁打と打撃開花。シーズンでも79試合の出場で6本塁打を放った。翌16年は、一軍で2ケタ10本、さらに17年も95試合に出場して18本塁打と竜の主砲を名乗れる成績に近づいてきた。18年は初めて開幕スタメンをつかむと、3月31日の広島戦(マツダ)で1号アーチを架けた。21年は、野球人生で初めてバットを寝かせた新フォームで挑んだが、結果が残せなかった。22年は右膝を手術した影響で初出場は5月下旬。かつての大砲も不振に苦しんで一、二軍の往復を繰り返した。23年7月に本塁へヘッドスライディングした際に左肩を脱臼。近年怪我に泣かされ、同年9月に引退を表明した。 |