外野手 | 右投左打
生年月日 | 1982年1月5日 |
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身長 | 175cm |
体重 | 80kg |
血液型 | A型 |
出身地 | 宮崎県 |
経歴 | 日向高 - 早大 - ヤクルト04年〜11年 - ブリュワーズ - ロイヤルズ - ジャイアンツ - マリナーズ - アストロズ - ブルージェイズ - メッツ - ヤクルト18年〜24年 |
ドラフト | 2003年4位ヤクルト |
タイトル | 首位打者(05年、07年、10年)、最多安打(05年、06年)、最多盗塁(06年)、最高出塁率(07年、09年)、ベストナイン(05年〜11年)、ゴールデングラブ(06年〜11年、20年)、新人王(05年) |
選手紹介 | 青木宣親(あおき・のりちか)は、日向高から早大を経て2003年ドラフト4巡目でヤクルトに入団。2年目に当時セ・リーグ記録の192安打を放ち、最多安打、首位打者のタイトルを獲得し新人王に。その後も07、10年に首位打者になるなど日本を代表する打者となった。12年にポスティングシステムでブリュワーズに移籍。14年はトレードでロイヤルズに。主に一番、二番打者として29年ぶりのワールド・シリーズ進出に貢献。15年にジャイアンツ、16年にマリナーズでプレーし、16年オフにアストロズに移籍するも、シーズン中にブルージェイズ、メッツと渡り歩いた。18年にヤクルト復帰。プロ1年目の04年から09年まで着けた「背番号23」のユニフォームに再び袖を通した。復帰後はコンスタントに成績を残し活躍。20年はキャプテンに就任し、ゴールデン・グラブ賞も獲得した。21年には史上74人目となるNPB通算300二塁打をマーク。23年から球界最年長野手となったが、安打をさらに積み重ねた。42歳で迎えた日米通算21年目の24年は61試合出場で打率.192。「自分の思っているようなパフォーマンスをファンに見せることができないというのが一番」と攻守走で輝きを放ったミスタースワローズがユニフォームを脱ぐことを決断。2度のシーズン200安打はNPB史上唯一。日米通算2723安打は歴代5位の大記録だ。 |