| 生年月日 | 1994年7月5日(31歳) |
|---|---|
| 身長 | 193cm |
| 体重 | 95kg |
| 血液型 | B型 |
| 出身地 | 岩手県 |
| 経歴 | 姉体小(水沢リトル) - 水沢南中(一関シニア) - [甲]花巻東高 - 日本ハム13年 - エンゼルス18年〜23年 - ドジャース24年〜 |
| ドラフト | 2012年1位日本ハム |
| タイトル | 【NPB】 MVP(16年)、最多勝利(15年)、最優秀防御率(15年)、最優秀勝率(15年)、ベストナイン(15年投、16年投指) 【MLB】 新人王(18年)、MVP(21年、23年〜25年)、エドガー・マルティネス賞(21年〜25年)、ハンク・アーロン賞(23年〜25年)、コミッショナー特別表彰(21年)、シルバースラッガー賞(21年、23年〜25年)、最多本塁打(23年、24年)、最多打点(24年)、リーグチャンピオンシップシリーズMVP(25年) |
| 選手紹介 | 大谷翔平(おおたに・しょうへい)は、花巻東高から2013年ドラフト1位で北海道日本ハムに入団。1年目から3勝、3本塁打をマークし、2年目の14年にはプロ野球史上初の10勝&10本塁打を達成した。15年は最多勝、最優秀防御率、最優秀勝率の投手3冠を獲得。16年は投打の“リアル二刀流”でチームの10年ぶり日本一に貢献し、MVPに加えて投手、DHの2部門でベストナインに選出された。17年オフにポスティングシステムでメジャー移籍を表明し、エンゼルスに入団。18年は打者として104試合で打率.285、22本塁打、投手として10試合で4勝2敗、防御率3.31を記録し、新人王に輝いた。21年は投打でフル回転し、46本塁打、9勝2敗でア・リーグMVPを満票受賞。22年は1918年のベーブ・ルース以来104年ぶりとなる2ケタ勝利&2ケタ本塁打を達成した。23年はWBCで日本代表を3大会ぶりの優勝へ導き、大会MVPを受賞。シーズンでは日本人初のア・リーグ本塁打王に輝き、2年連続の2ケタ勝利も記録した。同年オフにドジャースと10年7億ドルのMLB史上最高額契約を結ぶと、新天地1年目の24年は打者に専念し、史上初の50本塁打&50盗塁を達成。ワールドシリーズ制覇にも貢献し、指名打者専任選手として史上初のMVPを獲得した。25年は二刀流を再開し、打者として自己最多の55本塁打を記録。6月に投手復帰を果たし、ポストシーズンでは投打で存在感を示した。ナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦では7回途中2安打無失点、10奪三振、打っては3本塁打の圧巻の活躍でワールドシリーズ進出に貢献。ワールドシリーズでも第3戦で2本塁打を含む9度の出塁を記録し、第4戦、第7戦では短い登板間隔の中で先発マウンドに上がった。過酷な二刀流を貫き、ドジャースの連覇を支えた。 |