|
選手紹介
|
山田修義(やまだ・のぶよし)は、敦賀気比高で2年春と3年夏に甲子園に出場。2009年ドラフト3位でオリックスに入団。1年目から先発として一軍で登板を果たすも以降は伸び悩み、14年にはトミー・ジョン手術を受けオフに育成契約となった。15年7月に支配下に復帰すると、翌16年にはプロ初勝利。18年8月には1カ月間の史上最多タイ記録となる18試合登板を達成。21年は43試合に登板し、1勝0敗で防御率は2.27と安定した成績をマーク。ただ、22年は12試合登板と不本意なシーズンに。23年は開幕こそ出遅れたが、交流戦からブルペンを支えて救援で32試合に登板して自身初の防御率1点台をマーク。球威アップを心掛けた結果、失点はわずか3試合と安定感が光った。プロ15年目の24年はキャリアハイの登板数を記録し、進化を示した。成長の一端を示すのは球威アップ。自己最速の149キロを計測し「150キロを出したい」と、向上心は底知れない。26年シーズンには17年目を迎えるベテランリリーバーも、25年はコンディション不良などで50試合から28試合と登板数が減少。「出力、スピードも落ちていた。不甲斐ないシーズンだった」と振り返る。チームに手薄な中継ぎ左腕の復活は必要不可欠だ。培ってきた経験は若手投手の見本ともなる。
|