内野手 | 右投右打
生年月日 | 1967年8月18日 |
---|---|
身長 | 188cm |
体重 | 104kg |
血液型 | B型 |
出身地 | 大阪府 |
経歴 | PL学園高[甲] - 西武86年 - 巨人97年 - オリックス06年 |
ドラフト | 1985年1位西武 |
タイトル | 最高出塁率(90年、92年)、ベストナイン(88年、90年、92年)、ゴールデングラブ(88年、90年、92年~94年)、新人王(86年) |
選手紹介 | 清原和博(きよはら・かずひろ)は、PL学園から1985年ドラフト1位で西武入団。ルーキーイヤーは1959年の桑田武と並ぶ新人最多本塁打の31本塁打、高卒新人歴代最高の打率.304、78打点をマークし、華々しいデビューを飾った。また通算100本塁打(21歳9カ月)、200本塁打(24歳10カ月)も史上最年少記録。若くして才能を爆発させた清原は秋山、デストラーデと「AKD砲」を形成し、黄金期の西武の四番に君臨した。96年オフに巨人へFA移籍。あこがれていた球団のユニフォームにソデを通したが、度重なる故障の影響や打撃不振で規定打席に到達したのは3シーズンのみだった。2005年オフに戦力外通告を受け、オリックスに移籍。打撃タイトルに縁はなかったが、2000本安打、500本塁打、1500打点を達成した打者は6人のみ。広角に本塁打を飛ばすスケールの大きい打撃で記録にも記憶にも残る強打者だった。 |