内野手 | 右投左打
| 生年月日 | 1953年12月7日 |
|---|---|
| 身長 | 175cm |
| 体重 | 72kg |
| 出身地 | 三重県 |
| 経歴 | 三重高[甲] - ヤクルト72年〜90年 |
| 指導経歴 | ヤクルト91年〜06年 - 横浜08年〜12年 - ヤクルト15年〜17年 |
| ドラフト | 1971年9位ヤクルト |
| 選手紹介 | 水谷新太郎(みずたに・しんたろう)は、三重高から1972年ドラフト9位でヤクルトに入団。俊足が武器だったため2年目から左打ちに転向。中々一軍定着とはならなかったが、コーチであった広岡達朗から遊撃守備を徹底的に教え込まれ、広岡が監督となった76年に一軍に定着。正遊撃手として78年には初優勝、日本一に貢献した。以降も安定した守備で活躍を続け、課題であった打撃面でも84年にキャリアハイの125安打をマーク。しかし、86年に右ヒザを痛め出場機会が減少、90年に現役を引退した。引退後はそのまま守備走塁コーチに就任し、野村克也監督による“ID野球”を支えた。 |