投手 | 右投右打
| 生年月日 | 1902年10月2日 |
|---|---|
| 没年 | 1958年 (享年55歳) |
| 身長 | 174cm |
| 体重 | 69kg |
| 出身地 | 鳥取県 |
| 経歴 | 米子中 - 大連実業団 - 明大 - 大阪毎日野球団 - 毎日50年 |
| 指導経歴 | 毎日50年〜52年途(一軍監督) |
| 選手紹介 | 湯浅禎夫(ゆあさ・よしお)は、明大時代にはノーヒットノーランを2度達成したほどの名投手だった。1950年に誕生した毎日オリオンズの初代監督に就任。毎日は、リーグを独走で制覇すると、第1回日本シリーズで松竹を倒し、初代日本一に輝いた。しかし52年7月、日没コールドを狙った毎日側が遅延行為をしたことで観客の暴動が起こり(平和台事件)、その責任を取る形で湯浅はシーズン途中に指揮権をはく奪された。 |