内野手 | 右投右打
生年月日 | 1933年4月11日 |
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没年 | 2023年 (享年90歳) |
身長 | 174cm |
体重 | 93kg |
出身地 | 香川県 |
経歴 | 高松一高[甲] - 西鉄52年〜69年 |
指導経歴 | 西鉄62年〜69年(選手兼任監督) - ヤクルト71年〜73年(一軍ヘッドコーチ) - 日本ハム74年〜75年(一軍監督) - 阪神79年〜81年(一軍打撃コーチ、監督など) - ヤクルト83年〜84年(一軍ヘッド兼打撃コーチ、監督など) - 近鉄85年〜90年(一軍打撃コーチ、ヘッドコーチなど) - 巨人92年(一軍打撃総合コーチ) - ロッテ94年(一軍ヘッドコーチ、監督など) - オリックス95年〜97年(一軍ヘッドコーチ) |
選手紹介 | 中西太(なかにし・ふとし)は、高松一高で3度の甲子園出場。1952年に西鉄入団、新人王に輝くと、翌53年に36本塁打、86打点で本塁打王、打点王の打撃2冠。以降55、56、58年と三冠王に迫る活躍で、西鉄黄金時代を支えた。56年にはМVPにも輝いている。62年に監督兼任となり、63年には優勝も69年限りで現役引退、監督も退任した。その後は名打撃コーチとして多くの打者を育て、日本ハム、阪神では指揮も執った。99年野球殿堂入り。通算成績1388試合、1262安打、244本塁打、785打点、142盗塁、打率.307。2023年5月11日死去。 |