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川崎宗則

内野手 | 右投左打

川崎宗則 プロフィール

生年月日 1981年6月3日
身長 180cm
体重 79kg
血液型 O型
出身地 鹿児島
経歴 鹿児島工 - ダイエー・ソフトバンク00年 - マリナーズ12年 - ブルージェイズ13年 - カブス16年 - ソフトバンク17年
ドラフト 1999年4位ダイエー
タイトル 最多盗塁(04年)、最多安打(04年)、ベストナイン(04年、06年)、ゴールデングラブ(04年、06年)
選手寸評 川崎宗則(かわさきむねのり)は、鹿児島工高時代から遊撃手。最高成績は2年生夏の県大会ベスト8。当時から足の速さとボールをとらえる打撃センスは地元で注目されており、“薩摩のイチロー”を略した“サツロー”とも呼ばれていたという。2000年、ドラフト4位でダイエー(現ソフトバンク)入団。03年に小久保裕紀の長期離脱もあって三塁に定着し、初の規定打席もクリアして打率.294、2本塁打、51打点、30盗塁をマークしてリーグ優勝、日本一に貢献。04年からは遊撃を任され、全試合に出場して盗塁王と最多安打を獲得。10年には広角打法に磨きがかかり、200安打にあとわずかの190安打。打率は日本時代の13年間で3割超えが3度、通算でも.292とハイアベレージを残した。06年は第1回WBCの代表に選ばれ、正遊撃手として活躍。特に、決勝のキューバ戦の9回表、イチローのヒットによる二塁からの本塁生還は、捕手のブロックをかいくぐって右手をねじ込み、2点差とする貴重な追加点を奪う好プレー。「神の右手」と称賛された。09年の第2回WBCでも控えながらしっかりチームを支え、世界一連覇に貢献している。11年、クライマックスシリーズを勝ち抜いた際に川崎、小久保、本多ら生え抜き選手たちが見せた涙に、ファンもまた涙を流す。念願かなって出場した日本シリーズも制し、8年ぶりに頂点に立った。自他ともに認めるイチローマニア。背番号「52」も「51」のイチローに続くという意味が込められていた。11年オフ、マリナーズに所属していたイチローとのプレーを夢見て、マリナーズとマイナー契約。13年にイチローが日米通算4000安打の大偉業を成し遂げた試合で、対戦相手(ブルージェイズ)の二塁手として居合わせるなど、強運を発揮した。16年まで米球界に所属し、17年にソフトバンクに復帰。2018年3月26日ソフトバンク退団を発表。

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